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静岡地方裁判所浜松支部 昭和32年(ワ)241号 判決

原告 恩田知明 外五名

被告 恩田鈴子 外一〇名

主文

被告恩田侃は別紙第一目録記載物件に付昭和二十四年八月十日静岡地方法務局佐久間出張所受附第三一八号、別紙第二乃至第六目録記載物件に付同年七月二十二日同庁受附第三〇一号、別紙第七、第八目録記載物件に付昭和二十六年十月五日同庁受附第五九三号を以てなした各所有権取得登記。別紙第九目録記載物件に付昭和二十四年七月二十二日同庁受附第三〇二号、同第十目録記載物件に付昭和二十六年二月九日同庁受附第一〇六号を以てなした各共有持分取得登記。

を夫々抹消せよ。

原告の被告恩田鈴子、同高根義太郎、同高根茂、同武田茂六、同原田信義、同百合嶋しげ子、同新木虎平、同金田安弘、同鈴木八重子、同熊谷賢一に対する各請求を棄却する。

訴訟費用中被告恩田侃について生じた部分は同被告の負担とし爾余の被告と原告間に生じた部分は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として

1  被告恩田侃は別紙第一目録記載物件に付昭和二十四年八月十日静岡地方法務局佐久間出張所受附第三一八号、別紙第二乃至第六目録記載物件に付同年七月二十二日同庁受附第三〇一号、別紙第七、第八目録記載物件に付昭和二十六年十月五日同庁受附第五九三号を以つてなした所有権取得登記。

別紙第九目録記載物件に付昭和二十四年七月二十二日同庁受附第三〇二号、同第十目録記載物件に付昭和二十六年二月九日同庁受附第一〇六号を以てなした各共有持分取得登記。

を夫々抹消せよ。

2  被告恩田鈴子は別紙第一目録記載物件に付昭和二十四年八月十日右同庁受附第三一九号、別紙第二乃至第五目録記載物件に付同年七月二十二日同庁受附第三〇三号、別紙第六目録記載物件に付同日同庁受附第三〇四号を以てなした各所有権取得登記。

別紙第九目録記載物件に付同日同庁受附第三〇五号を以てなした共有持分取得登記。

を夫々抹消せよ。

3  被告高根義太郎、同新木虎平は別紙第一乃至第三目録記載物件に付昭和二十六年五月九日同庁受附第三三〇号を以てなした所有権取得登記を抹消せよ。

4  被告高根茂は別紙第一乃至第三目録記載物件に付昭和二十八年六月二十二日同庁受附第二八四号を以てなした共有持分取得登記を抹消せよ。

5  被告武田茂六は別紙第四第五目録記載物件に付昭和二十五年八月二十九日同庁受附第三五二号を以てなした所有権取得登記を抹消せよ。

6  被告金田安弘は別紙第六目録記載物件に付昭和二十五年八月二十九日同庁受附第三五四号を以てなした所有権取得登記を抹消せよ。

7  被告原田信義は右物件に付昭和三十一年五月四日同庁受附第四〇七号を以てした所有権取得登記を抹消せよ。

8  被告百合嶋しげ子は別紙第七、第八目録記載物件に付昭和二十六年十月五日同庁受附第五九四号を以てなした所有権取得登記を抹消せよ。

9  被告鈴木八重子は別紙第九目録記載物件に付昭和二十六年二月十四日同庁受附第一五六号、第十目録記載物件に付同日同庁受附第一五五号を以てなした共有持分取得登記を抹消せよ。

10  被告熊谷賢一は別紙第九目録記載物件に付昭和三十一年四月十三日同庁受附第三一二号、第十目録記載物件に付同日同庁受附第三一三号を以てなした共有持分取得登記を抹消せよ。

11  訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求めその請求の原因として

一、別紙各目録記載物件は原告等の前主訴外恩田国輔の所有であつたが同人は昭和二十年五月十一日死亡した。

原告種間金三郎、同沢間保平、同恩田義一郎、同藤田半三郎は同人の兄弟で原告恩田知明は同人の兄亡恩田藤四郎の子である。

二、恩田国輔には死亡当時施行されていた旧民法の規定に基く法定或は指定の家督相続人がなかつたので親族会の決議により被告恩田侃を家督相続人に選定し昭和二十年六月二十四日家督相続を届出で戸籍に登載を受け且別紙目録記載各物件に付請求趣旨(1) に掲記の通り家督相続による所有権取得登記をなした。

三、然るに同被告の家督相続はその選定手続に於て旧民法第九百八十三条による裁判所の許可を得ない無効のものであつたとする同被告の養母訴外恩田ひさの申立に基き昭和二十七年十二月十二日静岡家庭裁判所浜松支部は戸籍訂正を許可する旨の審判をしたので戸籍の記載は抹消せられ同被告は相続人に非ずして単にその地位を僣称していたに過ぎないことが明になつた。

四、従つて改めて旧民法により家督相続人を選定する場合に該当するところ昭和二十二年十二月二十二日法律第二百二十二号の改正民法附則第二十五条第二項の規定により新民法が適用せられ民法第八百八十九条第一項第二号第二項によつて原告等及び訴外恩田ひさが共同で恩田国輔死亡当時に遡り相続するに至つた。

五、右の通り被告恩田侃は相続人でないから別紙目録記載各物件に対する相続に因る所有権取得登記は虚偽無効であるから請求趣旨(1) 項記載登記の各抹消を求める。

六、被告恩田鈴子は第一乃至第六、第九目録記載物件に付請求趣旨(2) 項記載の通り夫々被告恩田侃から贈与を受け取得したと称しその旨の登記をしている。然かし被告恩田侃に前記の通り何等権利がない以上本件所有権移転は無効登記であるからその抹消を求める。

七、被告高根義太郎、同新木虎平は別紙第一乃至第三目録記載物件に付請求趣旨(3) 項記載通り被告恩田鈴子から売買により所有権を取得したとしてその旨の登記をなしたが是亦前記の通り無効であるから抹消を求める。

八、被告高根茂は別紙第一乃至第三目録記載物件に付被告新木虎平から売買によりその持分の譲渡を受けたとして請求趣旨(4) 項記載の通りその旨の登記をしたが前同様無効であるから抹消を求める。

九、被告武田茂六は別紙第四、第五目録記載物件に付被告恩田鈴子から売買により所有権を取得したとして請求趣旨(5) 項記載の通りその旨の登記をしたがこれ亦無効であるから抹消を求める。

十、被告金田安弘は別紙第六目録記載物件に付被告恩田鈴子から売買により所有権を取得したとし、

被告原田信義は右物件を更に被告金田安弘から売買により所有権を取得したとし夫々請求趣旨(6) (7) 項記載の通りその旨の所有権取得登記をしたが前記の通り無効であるから各その抹消を求める。

十一、被告百合嶋しげ子は別紙第七、第八目録記載物件に付請求趣旨(8) 項記載の通り被告恩田侃から売買による所有権移転登記をしているが是亦無効であるから抹消を求める。

十二、被告鈴木八重子は別紙第九目録記載物件に付被告恩田鈴子から別紙第十目録記載物件に付被告恩田侃から夫々請求趣旨(9) 項記載通り売買による共有持分移転の登記をしているが是亦無効であるから抹消を求める。

十三、被告熊谷賢一は別紙第九、第十目録記載物件に付被告八重子から請求趣旨(10) 項記載通り売買による共有持分取得登記をしているが是亦無効であるから抹消を求める。

と述べ

被告等の原告は相続回復請求権を放棄したとの抗弁事実を否認し被告鈴木八重子、同熊谷賢一の主張する山林は原告恩田義一郎、藤田半三郎、沢間保平及び先代恩田国輔の共有で其の四分の一持分が被告八重子名義に存したけれ共当時僣称相続人である被告恩田侃からその所有権移転登記手続抹消の訴訟が係属していて真の所有者の確定を見ていなかつたので将来訴訟解決の際真正所有者に代金を引渡すことにして供託することを条件に立木を売却処分したに過ぎず回復請求権を放棄したとの主張は当らない。

被告恩田鈴子外七名は原告知明が被告侃の特別代理人として侃の相続が真正であると別訴に於て主張したから自己が相続人であると主張することは許されないというが既判力の異る本訴に於て右主張の容認せられなかつた場合新な事実構成の下に自己が相続人であると主張することは差支ないことであつて同一訴訟に於てさえ矛盾する主張を予備的に或は択一的に主張することが許されているのである。被告等は更に原告等の相続権回復請求権は時効が完成したと主張するが被告等は僣称相続人侃から本件各物件の所有権取得登記を受けた者であるから被告恩田侃が時効を援用しない限り爾余の各被告が時効を援用することは許されない。(昭和四年四月二日大審院判決八巻二三七頁)

仮に時効援用が許されるとしても本件相続は昭和二十年五月十一日開始したが旧民法により被告恩田侃が選定家督相続人として届出た為、原告等はその相続を有効と信じその後新民法が施行せられても原告等に相続権があることを知らなかつた。

被告恩田侃の養母恩田ひさがその後家庭裁判所の許可を受けず相続財産の過半をその実子被告恩田鈴子に贈与したので被告侃とその余の被告等問に登記抹消請求訴訟が静岡地方裁判所浜松支部に繋属し抗争中の昭和二十七年十二月十二日戸籍訂正許可審判により前記家督相続の戸籍記載が抹消され被告侃の僣称が明になつたのである。原告等は右事実を後日知つたのであるが仮に原告等が最も早く之を知つたであろう日を想定しても尠くとも戸籍から侃の家督相続の記載が抹消された昭和二十八年一月五日と認むべきであるから本訴提起まで未だ五年の時効は完成していない。

時効の起算点は真正相続人が自己の相続権が侵害せられたことを知つた日であることは法文上明白であり何が故に被告等は新民法の施行日たる昭和二十三年一月一日を起算点とするのか明かでないが若し被告等の主張の通りであるとせば昭和二十七年十二月末日を以て時効完成し本件の様に昭和二十八年一月一日以後に侵害事実を知つた者には回復の途を塞すもので民法第八百八十四条後段の「相続開始の時より二十年」とする規定は意味を失することになる訳である。又被告侃の代理人が別訴に於て時効完成について法的見解を仮定的に述べたとしても之を以て本訴に於ける時効完成を承認した意思表示であるとする主張は失当である。

被告等は更に第三取得者も時効援用権ありと主張するけれども僣称相続人から取得した第三者を特に一般取引に於て取得した第三者と区別して特別に保護する必要は存在しないのであつて登記に公信力を認めない新民法下に於ては等しく無権利者から虚偽登記を信じて不動産を取得した場合として考慮すべきであり僣称相続人が時効を援用しないのに第三取得者が五年の短期時効を援用して一般無権利者から不動産を取得した者に比し有利な結果を得る如き不合理を考えれば第三取得者に時効援用権のないことは明かに理解し得るのである。

況んや原告等は被告侃を除く爾余の被告等に対しては所有権に基く移転登記の抹消を求めているのであるから相続回復請求権に関する時効を援用するのに当らない。

と述べ立証として甲第一号証の一乃至六、甲第二号証の乃至十、甲第三乃至第六号証を提出し原告本人恩田知明の尋問を求め乙号各証の成立を認めた。

被告恩田鈴子、同高根義太郎、同高根茂、同武田茂六、同原田信義、同百合嶋しげ子、同新木虎平、同金田安弘訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として原告主張事実中請求原因第一項乃至第四項及第五項中被告侃が国輔の相続人でないとの事実は認めるがその余の事実は争う。

訴外恩田ひさは国輔の死後原告らの強い要請により原告恩田知明の子被告侃と養子縁組をなし右により被告侃が国輔の家督相続人となつたものと誤解していた。

被告侃を家督相続人に選定するに当つても裁判所に対し親族会員の選定手続をしたことなく親族会招集の手続もされていない。更に選定家督相続人の順序変更の許可申請も原告主張通りなされていないのは事実である。

然し乍ら被告等は抗弁として次の通り主張する。

一、原告等は相続回復請求権を放棄している。

原告恩田知明は先に被告侃の実父としてその特別代理人となり本件被告恩田鈴子外七名を被告として山林の所有権移転登記抹消請求訴訟を提起しその請求の原因として被告侃は国輔の選定家督相続人或は包括遺贈を受けた者であると主張し爾余の原告等も右訴訟に協力して来た者である。

当時侃は十三年七ケ月の未成年者であつたから原告知明は特別代理人として選任を受け自己の意思、見解に基いて訴訟を遂行したもので、意思能力のない未成年者の特別代理人が法定代理人としてなす行為は代理者自身の意思見解を表示するものであり唯その行為が本人の為に効力を生ずるに過ぎない。

然るに本件に於て知明等は自ら原告となり侃をも被告に加えて侃は国輔の遺産を承継したものでないとする主張を以て本訴の請求原因としているが先の知明のなした訴訟上の主張と矛盾する。原告等は侃が遺産を承継しないことを前提とする相続回復請求権は既に前訴当時原告等に於て放棄していると謂うべきである。

二、仮に原告等は相続回復請求権を有するとしても新民法の施行せられた昭和二十三年一月一日以降五ケ年の経過により時効完成し既に消滅している。

国輔は昭和二十年五月十一日午後六時死亡した結果家督相続が開始し法定家督相続人がないので妻ひさが親族会に於て家督相続人に選定せらるべき順位にあつた。然るに原告等は親族会招集の手続さえなさず妻ひさに強要して原告知明の三男侃を養子とする旨の届書及び侃の家督相続届書に捺印させ同年六月二十三日養子縁組を届出ると共に翌二十四日家督相続の届出を当時磐田郡浦川町の助役をしていた原告金三郎がその部下である戸籍係訴外石黒芳文に受理せしめたのである。

社会的地位を有し年輩者である原告等は戸籍簿上未亡人ひさの養子にしたとて前戸主の家督相続人とすることを得ないことは勿論知り乍ら敢て違法の届書を受理せしめたのは妻ひさが家督相続人となることを妨げる為、無智のひさを錯誤に陥入らしめたのであつた。

原告等は侃を国輔の法定家督相続人として届出た当時既にその不法であることを知つていたのであるから相続回復請求権の短期時効の起算日は改正民法施行の昭和二十三年一月一日であり昭和二十七年十二月三十一日を以て請求権は消滅しているから被告等は時効を援用する。

被告等は侃が家督相続により亡国輔の不動産に付所有権移転登記していることより被告侃を真正相続人と信じ侃より直接又は譲受けたから善意無過失で買受け取得したものである。

この点につき前記先に提訴された訴訟に於て本件原告恩田知明は未成年者侃の特別代理人として「此等の兄弟等(註本件原告全部を指称する)は何れも(中略)国輔の死後恩田ひさより控訴人の家督相続届出をなした事実を知悉しているので改正民法の施行された昭和二十三年一月一日以降相続の回復を請求することなくして五ケ年を経過したるが故に控訴人の家督相続の届出に違法の点存すると仮定するも時効が完成した。」と自ら主張している。

と述べ原告の再抗弁に対し

原告は被告侃を除く被告等は僣称相続人から相続財産を取得した第三者であるから相続回復請求権行使の相手方でなく従つて消滅時効の援用は許されないとして大審院の昭和四年の判例を引用主張しているが右判例は現行相続制度に在つては維持し難いものである。

相続回復請求権に短期消滅時効を規定したのは相続財産関係の可及的早期安定を図り第三者保護の一般規定なき代りに些少乍ら取引の安全を図つたのであるが原告の挙げた大審院判例は諸外国の民法にもその例を見ない第三者に酷で取引安全の保護を顧みないものであつた。

大審院が取引の安全を無視して回復請求権の相手方及び時効援用権者の範囲を狭く限定せんとしたのは旧法に於ては家督相続回復請求権の規定を遺産相続回復請求権に準用こそしていたが実際上は主として家督相続について問題を生じていたので第一順位法定相続人には相続放棄さえ認められなかつた身分相続の性格を持ち財産相続を目的とする遺産相続と趣を異にする特殊性を考慮したが故に外ならず相続人の戸主たる地位を回復せしめるためには家産の散逸を防止し戸主の地位を強固にするため回復請求権の相手方を僣称相続人に限定する必要があつたからである。即第三取得者に時効援用を許容すると戸主の地位と共に承継せらるべき家産が散逸して回復せられる相続権は有名無実となり家族制度の根本を揺がすことを惧れたが故に外ならない。

然し乍ら新憲法の精神を体し親族、相続編が根本的に改正せられ、家族制度が放擲された現行民法に於て前記判例は維持せらるべくもないことは相続が純財産相続に限定せられた以上自ら当然で従つて相続回復請求権に対する時効援用権者を僣称相続人に限定すべき理由は全く存在せず取得原因が相続である限り第三取得者は消滅時効を援用し得る筈であつて本件の様に僣作相続人が完成している時効を、原告と狎れ合いで援用しない場合悪意の僣称相続人のみに許され善意の第三取得者は援用が出来ないという不合理を生ずる。

と述べ

立証として乙第一、二、三号証を提出し証人大空恵作、被告本人武田茂六の尋問を求め甲号各証の成立を認めた。

被告鈴木八重子、同熊谷賢一訴訟代理人は夫々原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として被告鈴木八重子が相被告恩田鈴子から別紙第九目録記載物件、相被告恩田侃から別紙第十目録記載物件を夫々買受け原告主張通りその共有持分取得登記をなし、

被告熊谷賢一が相被告鈴木八重子から別紙第九、第十目録記載物件の共有持分全地四分の一の売渡を受け原告主張通りその共有持分取得登記をなしたこと、

原告が請求原因一項乃至四項に於て主張する相続関係事実は認めるがその余の事実は争う。

恩田国輔の相続人は原告等五名の外に国輔の配偶者恩田ひさがあつて其の相続分は遺産の三分の二であるから原告等五名は三分の一を相続したに過ぎない。

恩田ひさは昭和二十六年二月十四日第九目録記載の山林を被告恩田鈴子の法定代理人として第十目録記載の山林を被告恩田侃の法定代理人として被告鈴木八重子に売渡しその登記をしたものであつて原告等は当時右二筆の山林の持分四分の一を被告鈴木八重子が買受けた権利者であることを認めて昭和二十七年八月十日共にこの山林の木材を処分した事実がある。相続財産に付斯かる処分行為をした者は自己に相続回復請求権があるとして其の処分財産を単純に自己の所有として回復し得べきものでない。殊に原告等は当時原告恩田知明が被告恩田侃の特別代理人として恩田ひさ、鈴木八重子外六名を被告として静岡地方裁判所浜松支部に提起した訴訟に於て恩田侃が国輔の正常な相続人でない事実が論義され昭和二十七年五月七日言渡された判決に於てもこの事実が認められているから原告等は当時自己に相続回復権のあることは十分に承知していた筈であつて原告等はその相続回復請求権を放棄して鈴木八重子の山林持分譲受の事実を承認していたと認めるのが相当である。

仮に原告等が相続回復権を放棄しなかつたとしても原告等の権利は昭和二十三年一月一日から起算し五年の時効により消滅しているので原告の請求は失当であると述べ

立証として証人鈴木国吉の尋問を求め甲号各証の成立を認めた。

被告恩田侃は合式の呼出を受け乍ら本件各口頭弁論期日に出頭しない。

理由

原告種間金三郎、同沢間保平、同恩田義一郎、同藤田半三郎が訴外亡恩田国輔の兄弟で原告恩田知明は同人の兄亡恩田藤四郎の子であること、同人が昭和二十年五月十一日死亡し同人に法定或は指定の家督相続人がなかつたので原告知明の子である被告恩田侃を国輔の妻恩田ひさと養子縁組をさせ国輔の家督相続人として昭和二十六年六月二十四日家督相続を届出ると共に同人の所有であつた別紙第一乃至第十目録記載不動産につき家督相続を原因として被告恩田侃名義に所有権取得登記をしたこと、被告侃の家督相続は旧民法に定める選定家督相続人の順序に反するものであるに拘らず同法第九百八十三条に定める裁判所の許可を受けない無効の届出であつたので同被告の養母訴外恩田ひさの申立に基き静岡家庭裁判所浜松支部に於て昭和二十七年十二月十二日戸籍訂正許可の審判があつて被告侃の家督相続による戸籍記載はすべて抹消せられ国輔の戸籍が回復し被告侃は僣称相続人であることが明になり改めて家督相続人を選定すべき場合に該当し新民法の附則第二十五条第二項の規定により新民法が適用せられ訴外恩田ひさが三分の二原告等が三分の一の相続分を以て共同で国輔死亡当時に遡り相続人となつたことは当事者間に争がない。原告の請求原因として主張するところによると訴外亡恩田国輔は昭和二十年五月十一日死亡しその死後親族会により家督相続人に選定された被告侃は同年六月二十四日家督相続を届出て別紙各目録記載不動産に付所有権取得登記をなしたがその家督相続は選定手続に於て旧民法第九百八十三条に定める裁判所の許可を得ない無効のものであつて昭和二十七年十二月十二日静岡家庭裁判所浜松支部に於て戸籍訂正許可の審判を受け家督相続の戸籍記載は抹消され亡恩田国輔の戸籍が復活した結果新民法附則第二十五条第二項の規定により原告等が国輔の相続人となつたところ被告侃を除く被告等はその間に僣称相続人被告恩田侃から直接或は他被告の手を経て贈与、売買等で夫々別紙目録記載不動産を取得その旨登記している。然かし被告侃は僣称相続人であるからその取得は無効であり従つて被告等の取得登記も無効であるから被告侃及その後の転得者たる被告等に各取得登記の抹消を求めると謂うに在るので本件訴は其の性質上相続権回復請求権に基く訴と認めるのが相当である。

一、被告等は原告は相続権回復請求権を放棄しているから本訴請求権はないと次の様に抗弁するので以下順に判断する。

(1)  被告恩田鈴子外七名の主張

『原告知明は先に被告侃の実父として特別代理人となり本件被告鈴子外七名を被告として山林の所有権移転登記抹消請求訴訟を提起したがその請求原因として被告侃は国輔の選定家督相続人或は包括遺贈を受けた者であると主張し来り他の原告等もこの訴訟に協力して来たものである。当時侃は十三年七ケ月の未成年者で意思能力のない者であつたから原告知明は自己の意思と判断で訴訟を遂行しおりたるに拘らず本訴に於ては原告知明自ら原告としてその子侃をさえ被告に加えて侃は国輔の遺産を承継したものでないという全く反対の矛盾した主張をしている。然し前訴の主張は明かに原告知明等の相続回復請求権を放棄したと謂うべきである』原告知明が別訴に於て被告等主張の如き請求原因を主張したことは原告も明かに争わず成立に争のない乙第一、三号証によつても看取せられるけれ共訴訟当事者が攻撃又は防禦の方法として或程度事実に反する主張をなすことがあるのは往々免れ難いところであつて本件の様に別訴に於て甲なる事実を主張し新訴に於て乙なる反対の事実を主張することも稀ではない。本件のように侃の特別代理人たりし知明が別訴に於ては侃を相続人であると主張し乍ら本訴に於ては侃をも相手方に加えて侃は相続人でないと主張することは確かに道義的に批難に値するけれ共後記(二)の項に於て認定する様に別訴の訴訟進行中に侃の相続人に非ざることを前提とする戸籍訂正の審判のあつた様な事情の下に於ては是亦止むを得ないという外なく相手方の主張を容認したのではないから裁判上の自白ともならない。被告等は矛盾する別訴に於ける原告知明の主張は即ち原告等の相続回復請求権を放棄した意思表示に外ならないというが右は原告等が当時自己が真正の相続人であることを承知していたことを前提とするものであつて被告等は此の点につき当時原告等は国輔の妻ひさに強要して原告知明の子侃を養子とする旨の届書と侃の家督相続届に捺印させ昭和二十年六月二十三日養子縁組届を提出すると共に翌二十四日家督相続を届出させ当時磐田郡浦川町の助役であつた原告金三郎がその部下の戸籍係訴外石黒芳文に受理せしめたものであり当時何れも社会的地位を有し年輩者である原告等がひさの無智に乗じて家督相続人たり得ない侃を相続人としてひさが相続することを妨げたものであるというけれ共右部分に吻合する証人大空恵作、被告本人武田茂六の供述部分は俄に信じ難く爾余被告提出の全証拠によつても未だ原告等が別訴遂行当時新民法附則第二十五条により自己等が正当の相続人であることを知つていたとは到底認め難いし仮に被告侃が正当な相続人でないことを知つていたとしても国輔の死後その妻と養子縁組をなした者を家督相続人として届出相続せしめ得ると解する程度の知識しかない原告等が原則まで弁えているとは考えられず要するに被告側の推測の域を出でない。従つて自分の子の特別代理人として同人を正当家督相続人であると主張し乍ら今般はその子を相手方に廻して同人は僣称家督相続人であると主張する原告知明の態度は徳義上は批難に値するけれ共これのみで同人を始めその余の原告等が相続回復請求権を放棄したというのは論理の飛躍を免れない。

(2)  被告鈴木八重子外一名の主張

『原告等は被告鈴木八重子が別紙第九、十目録記載山林の持分四分の一を買受けた権利者であることを認め昭和二十七年八月十日共にこの山林の木材を処分した事実がある。相続財産についてこの様な処分行為をなした者はその処分財産について自己の所有であるとして回復を請求し得るものではない。

殊に当時原告知明は被告侃の特別代理人として静岡地方裁判所浜松支部に提訴した訴訟に於て被告侃が僣称相続人であることが論議された揚句昭和二十七年五月七日言渡された判決に於てこの事実が認められているから原告等は既にその当時原告等に相続回復請求権が存することを十分知つていた訳であるから右処分行為は原告等の相続回復請求権を放棄し被告鈴木の譲受を承認したものと認むべきである』

之に対し原告等は『右山林は原告恩田義一郎、同藤田半三郎、同沢間保平及び亡恩田国輔四名の共有で国輔の共有持分四分の一が被告鈴木八重子名義に存したところ当時僣称相続人である被告恩田侃から所有権取得登記抹消の訴が被告鈴木外に対し提起され進行中なりし為将来訴訟解決して真の所有者の確定を見た際、代金を引渡すことにし供託することを条件に処分したのであるから被告鈴木の地位を承認したものではなくかゝる処分行為を以て相続回復請求権を放棄したというは当らない』

と抗争するので按ずるに成立に争のない甲第四、五、六号証、乙第二号証によると原告主張通り訴訟解決を条件に確定的に代金支払を決める趣旨で暫定的に山林立木の売却をしたもので被告鈴木八重子の地位を確定的に承認したものではないことが認められ甲第六号証によると売却処分された立木は相当量に上ることは明であるけれ共本件山林の四分の三の持分は既に原告恩田義一郎、藤田半三郎、沢間保平の所有に属し相続財産たる持分は四分の一に止まり然かも山林の処分に非して立木の処分であること、更に当裁判所に明かな事実である右の訴訟は昭和二十七年五月七日静岡地方裁判所浜松支部で判決の言渡があつて原告侃の請求は棄却され原告侃は家督相続人でない旨判示されており右処分がその後である同年八月十日頃行われたことは乙第二号証により認められるので一応被告鈴木八重子を加えて処分行為を行つたのは当然であつて是を以て相続権回復請求権の放棄であるとするのは是亦論理的にも首肯し難い。

二、次に被告等は原告等に相続回復請求権があるとしても既に新民法の施行せられた昭和二十三年一月一日以降五ケ年の経過により時効が完成しているから之を援用する。従て原告等の請求は失当であると主張し

原告は被告等は僣称相続人侃から本件各物件の所有権取得登記を受けた者であるから被告侃が時効を援用しない限り爾余の各被告が時効を援用することは許されない。

仮に被告等に援用が許されるとしても原告等は被告侃が家督相続を届出受理せられたので之を有効と信じ新民法が施行せられた後も原告等が相続人であることを知らなかつた。原告等が相続権を有することを知つたのは被告恩田侃が被告恩田鈴子等を相手として所有権移転登記抹消請求を静岡地方裁判所浜松支部に提訴係争中の昭和二十七年十二月十二日静岡家庭裁判所浜松支部に於て戸籍訂正許可の審判があり被告恩田侃の家督相続に基く戸籍記載が昭和二十八年一月五日抹消されたので此の時に至つて始めて原告等に相続権があることを知つたものであるから本訴提起まで未た五年の時効は完成していないと争うので考えるに

旧民法に於ける判例は相続回復請求の相手方は僣称相続人のみで僣称相続人から不動産を取得した転得者は正当な当事者でなく従つて時効を援用し得るのは僣称相続人のみであるという見解を採つて来た。

僣称相続人を真実の権利者と信じて売買その他により相続財産を取得した者が後日譲渡人が僣称相続人であつたが故を以て無効として返戻を余儀なくせられるのは甚だしく取引の安全を害するのであるが真実の相続人保護の為には已むを得ないことゝ理解され動産については民法に即時取得の法条存するも不動産については我法制は登記に公信力を認めない結果遡及的に返還を命ぜられるも余儀なき次第とせられたのである。茲に於て相続回復請求については相続関係を速に安定させ取引の安全を図るために五年の短期消滅時効を設けたことは明である。

然るに前記の様な見解によると本件に於て時効を援用し得るのは被告恩田侃のみであるところ同被告は本件訴訟が提起せられ第一回の口頭弁論が開かれた昭和三十二年十一月二十日以来十七回に及ぶ昭和三十六年五月二十九日の最終口頭弁論期日までついに一度も出頭せず、答弁書も提出ぜず右時効を援用しないので(被告侃は原告知明の三男で先に当裁判所を第一審として争われた原告侃被告恩田鈴子外七名の山林所有権移転登記抹消事件では原告知明がその特別代理人であつたことは当事者間に争がない)この様な場合被告侃から不動産を取得した者は二十年の除斥期間を経過する迄は常に不安定の状態に放置せられることを余儀なくせらるゝことは果して正当であろうか。

惟うに従来判例が斯くの如く転得者に苛酷な見解を示して相続人の保護を厚くした理由は何処に存在するのであろうか。

旧民法に於て相続は家督相続と遺産相続の二本建であり家督相続回復請求権に関する規定は遺産相続回復請求権にも準用せられていたが事実上紛争を生ずる大宗は家督相続であつて第三取得者との問題も主として家督相続の場合に惹起せられることが多かつた。家督相続は謂うまでもなく旧民法の根幹である家族制度に連なるものであつて強大な戸主権を中心として家族は構成せられ家族制度の強固は即ち国体の強固に連なるものと考えられていた。従つて家族制度の擁護は国家最大の要請であつてその弱体を招来する様な障碍はすべて排除する必要があつた。従つて家督相続により承継せられる戸主たる地位はその家産と共に強力に保護する必要があるので取引の安全、善意の第三者保護もその大きな命題に比すれば後退せざるを得ず斯くて前示の判例が維持せられて来たと解するのが相当である。

然かし家族制度を廃棄した新憲法のもと新民法に於て相続は単純な財産相続に限定された今日前記の判例は妥当を缺くという外なく短期五年の消滅時効を認めた立法趣旨からしても右時効援用者を僣称相続人に限定するのは不適当であつて時効により保護すべきは僣称相続人よりむしろ善意の第三取得者であると考える方が適切である。

この点に関し原告は僣称相続人から取得した第三者を一般取引の相手方と区別して特別に保護する必要はなく登記に公信力なき我民法下に於て等しく無権利者から虚偽登記を信頼して取得した者に比し僣称相続人から取得した第三取得者のみに五年の短期時効を援用せしめるのは不合理であると主張するけれども相続関係について特に短期消滅時効制を採用したのは先に述べた通り相続関係について特に速にその安定を企図せるに外ならないのと相続について特に回復請求権を認めたことゝ表裏一体をなすことを考れば一般取引に於て無権利者から取得した第三者の時効との間に差の存することは却つて合理性があること明であるから原告の右の主張は当らず被告等が時効を援用することは許容されると解するのが相当である。

よつて進みて本件の場合時効が完成したか何うかについて被告等はその起算点は新民法の施行せられた昭和二十三年一月一日であるとし原告は僣称相続人恩田侃の戸籍が訂正された昭和二十八年一月五日以後始めて原告等が相続人であることを知つたので本訴提起まで未だ時効は完成していないと争うので検討するに本件訴状が当裁判所に提出せられたのは昭和三十二年九月二十六日であることは記緑上明白なところであつて被告等の主張の根拠は僣称相続人恩田侃は選定相続人として届出をなしたが旧民法第九百八十三条の裁判所の許可を得ない無効の届出で家督相続人を新に選定すべき場合で新民法附則第二十五条第二項により新法が適用せられ原告等亡国輔の兄弟が相続人になつたので新民法の施行せられた昭和二十三年一月一日を起算点とするというに在るところ相続回復請求権は相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知つた時を起算点とすることは民法第八百八十四条の明定するところであつて前記措信しない証人大空恵作、被告本人武田茂六の供述を除き被告提出の全証拠によつても原告等が昭和二十三年一月一日当時原告等が相続人であつて被告侃に相続権を侵害せられたことを知つていたとは認められず却つて当事者間に争のない被告侃が原告として原告知明がその特別代理人として被告恩田鈴子外七名を相手として当裁判所に山林所有権取得登記抹消請求訴訟を当裁判所に提起し右訴訟に於て被告侃を正当相続人であると主張したのは昭和二六年(ワ)第九一、九二、九三号事件で昭和二十六年中であるから尠くともその頃までは原告等は自己が相続人であることを知らなかつたと認めるのが相当である。

成立に争のない甲第一号証の一によると原告主張の通り恩田国輔の戸籍に「恩田侃の家督相続無効につき昭和二十七年十二月十二日附許可の裁判により恩田ひさ戸籍訂正申請昭和二十八年一月五日受附」云々の記載があり同じく甲第三号証によると静岡家庭裁判所浜松支部に於て昭和二十七年十二月十二日右同旨の戸籍訂正許可審判があつたことは認められるけれども原告主張の如く原告等が右審判又は審判に基く戸籍記載の消除によつて始めて相続人であることを知つたとするのも首肯し難い。

元来右の如き戸籍訂正が戸籍法第百十六条による判決によらないで可能であるかどうかの疑問は姑くおくとしても成立に争のない乙第三号証によつても前記訴訟に於て被告等から既に被告侃が家督相続権を有しないことが主要な争点として争われ右主張が少くとも昭和二十六年九月十一日附で書面により被告側から主張せられていること明であつて右判決が原告恩田侃(特別代理人本件原告恩田知明………本件被告恩田侃)の家督相続を否定する理由を以て原告侃の請求を棄却する言渡が昭和二十七年五月七日なされその頃判決が送達されたことは当裁判所に顕著な事実であるから尠くとも原告等はその頃には被告恩田侃は僣称相続人で原告等が国輔の相続人であることを知つていた筈であると認めるのが相当であつて右の事実は成立に争のない乙第一号証からも窺えるのである。

そうすると尠くとも被告が右主張をした昭和二十六年九月十一日から起算すれば昭和三十一年九月十日、判決言渡の昭和二十七年五月七日よりすれば昭和三十二年五月六日、その送達の日よりしても既に本訴の提起せられた昭和三十二年九月二十六日前に原告等の相続権回復請求権は五ケ年の消滅時効が完成したこと明である。

三、被告恩田侃は合式の呼出を受け乍ら本件各口頭弁論期日に出頭せず原告等の主張を明かに争わないので自白したものとみなすべく原告主張事実によると同被告は原告の請求通り各登記を抹消する義務ありと認められる。

よつて原告等の請求は被告恩田侃に対してのみ正当として認容し、爾余の被告に対する請求は同被告等の時効援用により爾余の点に対する判断を省略し失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小野沢竜雄)

〈省略〉

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